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土佐カントリーから東へと眺望すると、芸西市一面に広がるビニールハウスが見渡せる。その先に、土居、安芸海岸が広がっている。
その安芸市の西側にある芸西村のJA土佐あき芸西集荷場花卉部会を訪ねた。そこで出逢った美しい花の可憐さとほのかで、しかも存在感のある青い色彩のブルースター、そこから品種開発して生まれた「ペガサス」「ピュアブルー」の優美さは、いまも脳裏から離れることがない。
このブルースターの花言葉は「信じあう心」「幸福な愛」ということもあって、昨年来、ウエディングのブーケやコサージュに使われ人気が高まっている。土佐は、ビニールハウスで50種類以上の花々を育てて全国に出荷していることでも有名だが、このブルースターの花は、今年ブレイクするに違いない。まさに土佐のまったりとした人々の温かさが生んだ花といえる。
その芸西村を離れて、安芸市土居に向かった。ちょうど高知駅から路線がある「ごめんなはり線・奈半利行」ならば、土佐カントリーのある西分駅、そして芸西村のある和食(わじき)駅、さらに2駅通り越して、阪神タイガースのキャンプ地がある球場前駅。その次にある安芸駅を降りたところが、この土居の周辺である。

その安芸駅から、自転車で15分程度、車で5分程度の距離を内陸へと向かっていくと有名な「野良時計」がある。
いまから120年以上も昔、ここの大地主の息子だった畠中源馬氏が、米国製の八角中の掛け時計を見て、その美しさと仕組みに興味を持ち、当時、独学ですべての部品も手作りで、この時計を完成させた。その当時は、あたり一面が畑で、農民たちは、その時を知る術は、この時計だけだったことから、野良時計という名前が残っている。

その野良時計のある場所から歩いてすぐ裏に、「叱られて」「春よ来い」「雀の学校」「鯉のぼり」などなど誰でも知っている童謡36 曲を作曲した広田龍太郎の曲碑があって、そこに人の気配を感じるとその曲が流れる。安芸市は、広田龍太郎の生まれ故郷でもあるのだ。

さらに、その裏手へいくと、土居廊中といって江戸時代そのままの白壁、 瓦屋根、武家屋敷、土用竹や生垣の風景に出会える。一般公開されている武家屋敷は、50石の武家の屋敷で「衣食足りて礼節を知る」の言葉通り、質素ではあるが自給自足、今でいうエコ精神が見て取れる。ほぼ江戸時代そのまま現存されていて、作家・池波正太郎や藤沢周平、山本周五郎の小説が自然に浮かんでくるようだった。
その奥には、安芸城跡があり、江戸時代の文化・風景がそのまま残されていて、その時代の匂いや人々の生活風景までもが浮かびあがってくる気がする。

ちょうどお昼時刻になって、そのまま海側にある町へと向かった。そのすぐ裏の安芸海岸では、天日干しの景色が見える。溢れるような太陽の恵みを感じながら天日干しされた魚は、さぞかし美味しいに違いない。
昼、3月初頭から始まる高知県の「花・食・街・収穫・体験」をテーマにした「花・人・土佐 であい博2008 」で、この安芸市本町商店街が企画した「安芸の里おもてなし」のスペシャルメニュー「釜揚ちりめん丼」を試食した。3月中の毎週土・日・祝日に限定60食、800円で食べ放題だ。これが実に美味い。沖合でとれたちりめんジャコを天日干しし、大根おろし、ごま、焼きノリ、そしてゆずを少しかけて食べる。ついおかわりをしてしまう。 期間中は、ひなかざり、貝殻びな作り、町並みボランティアガイドなど、おもてなし(ホスピタリティ)の行き届いた安芸市の一日を愉しめる。

土佐の味わいは、きっと忘れ去られた人と人との温もりだと、つくづく思う。そして、何故か心の中に懐かしさを感じてしまう。その風景や空気感が自分の体に、懐かしい匂いとともにしみとおる。
夜。高知市内へと向かった。
そここで出逢った宿は「城西館」という旅館である。創業130年。その歴史や格式という言葉が、ともすれば窮屈感を感じてしまうけれど、この城西館は、むしろ、老舗の温かさを感じる。フロントやスタッフの対応、そして部屋の雰囲気。初めて訪れた緊張感や格式、歴史の重さなどが、その対応で、ホッと神経を緩めてくれ、あー、帰って来たという気持ちにさせられるから不思議だ。
ほんのちょっとした心の贅沢さ。それを何気なく満たしてくれるホスピタリティの心づかいがあった。ゆったりと温泉につかっていると、土佐の風景が、再び蘇ってきて、心身ともに癒された。



